インクルーシブ教育とは、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の考え方を教育の分野で実践していく取り組みです。障害の有無にかかわらず、誰もがともに学べる教育環境を作ることを目標にしています。しかし、取り組みのなかでいくつかの問題点が浮かび上がってきました。公立の学校で進められるインクルーシブ教育の内容と問題について解説します。
この記事のもくじ - 項目をクリックで該当箇所へ
インクルーシブ教育とはなにか
インクルーシブとは、「包み込む」「包括する」という意味の言葉です。反対語は、「他人を入れない」「排他的な」という意味のエクスクルーシブという言葉になります。インクルーシブ教育は、1994年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)が開催した国際会議から、注目されるようになりました。
「ひとりひとりに丁寧に」「みんなで一緒に学ぶ」
インクルーシブ教育の理念は、ひとりひとりの子どもに丁寧に向き合い、みんなで一緒に学ぶ環境を作ることです。特に意識されるのは、障害の有無にかかわらず、同じ環境で勉強したり、遊んだり、学校生活をともにするという視点です。日本では、1981年の国際障害者年をきっかけに、すべての子どもが通常学級でともに学ぶことを目指すインテグレーション教育(統合教育)が進められてきました。しかし、教室という場所だけを共有するインテグレーション教育はうまくいきませんでした。現在はその反省を受けて、「子どもひとりひとりの状況に応じたサポート」と「同じ環境で学ぶ」を両立させるインクルーシブ教育を目指す方向に進んでいます。
多様性を認め他者を尊重する方法を学ぶ
インクルーシブ教育は、子どもの学ぶ権利を保障するものです。どのような子どもであっても、教育を受ける権利を等しく持っており、教育の現場から疎外されることがあってはなりません。現代では、いわゆる身体的・知的障害のほか、発達障害と呼ばれる障害が認知されています。こうした大多数とは異なる発達をしている子どもを含め、みんながともに学ぶことは、多様性を認めて他者を尊重する方法を学ぶことにつながります。インクルーシブ教育は、誰もが大切にされ、助け合いながら生きていく共生社会を作るための第一歩だといえます。
合わせて読みたい
インクルーシブ教育の問題点
インクルーシブ教育には、問題点があるという指摘もあります。これは、先に述べたインテグレーション教育の域を出ない教育環境に主な原因があると考えられます。社会全体の教育に対する意識や、現場の環境を変えていかない限り、本来の理念を生かすことはできません。
環境によってはいじめや差別を助長する
小学校でよく問題になるのは、サポートが必要な子どもが通常学級でともに学ぶときに、「お世話係」と呼ばれる存在の子どもができてしまうことです。もちろん、自主的にかかわる子どももいますが、中には先生に頼まれたり、実際にクラスで係を作られたりすることもあります。自主的にかかわる子も、常にかかわりを持ち続けることは困難で、疲弊します。こうした環境では、精神的に未熟な子どもたちのストレスがいじめや差別となって表出しやすくなります。ひとりひとりに丁寧に向き合うということは、障害を持った子どもに配慮するということだけではありません。気が弱い子、勉強が苦手な子、活発な子、どんな子にも目を向けて、よりよい学びの環境を作るということです。教育現場には、専門家の適切なサポートが必要です。
障害を持つ子どもたちのコミュニティを阻害する
多くの保護者が、障害を持つ子どもを通常学級で学ばせたいと望みます。インクルーシブ教育も、みんなで学ぶことを理念として掲げています。子どもたちは、障害を持つ子もそうでない子も同じ感情を持ち、共感できる仲間だと理解して共生社会を自然に受け入れるようになります。一方で、障害がもたらす生きづらさというものは、障害を持たない子にはなかなか理解しにくいことです。障害を持つ子どもが、自分を本当にわかってくれると感じ、リラックスできるコミュニティを持つことも必要なのです。インクルーシブ教育を意識するあまり、逆に画一的で閉鎖的な教育環境を押し付けていないか、検証を怠らないことも大切でしょう。
合わせて読みたい
インクルーシブ教育をめぐる取り組みと課題
各地方自治体では、文部科学省の打ち出したインクルーシブ教育推進の姿勢を受けて、独自の取り組みを行っています。公立の小学校には、通常学級と特別支援学級が併設されており、従来の取り組みをさらに推し進めた形でインクルーシブ教育システムの模索が続いています。
インクルーシブ教育のモデル「みんなの学校」
大阪市にある大空小学校の取り組みは、「みんなの学校」というドキュメンタリー映画になっています。創立時より、「不登校ゼロ、特別支援学級なし、みんなが同じ教室で学ぶ」という理念を掲げ、取り組んできた過程を見ることができます。インクルーシブ教育の実践は試行錯誤の連続で、教師をはじめ、保護者、地域住民の協力が不可欠だということがわかります。ただ、大空小学校のように「特別支援学級なし」という学校は多くありません。それぞれの地域で、いま現在ある特別支援学級を中心にインクルーシブ教育を進める取り組みが行われています。小学校や教育委員会のホームページ(HP)で情報公開している学校もあります。
システムと意識改革が課題
障害の種類は多岐にわたります。肢体不自由、知的障害、難聴、弱視、発達障害と、それぞれに必要なサポートはまるで違っています。また、障害の程度も異なります。まさにひとりひとりが違う存在であり、「障害は個性だ」といわれるゆえんです。こうした多様な子どもたちが一緒に学ぶ環境を作るには、現在の教育システムでは限界があります。教員の数を増やし、クラスの人数を減らし、専門家を常駐させ、療育機関や地域との連携をはかる必要があります。そのためには、教育にもっと予算をさかなくてはいけません。そして、教育に対する社会の意識も変えていく必要があります。学力さえ上がればいいのか、教育は学校任せでいいのか、学校はなにを学ぶところなのか、社会全体で考えていくべき課題です。
おわりに
障害児とともに学ぶ環境について、「健常児にもメリットがある」という言い方をする人がいますが、障害を持った子どもは、損得で語られるべき存在ではありません。どんな子どもも、よりよい教育を受ける権利があります。インクルーシブ教育は、誰もが尊重されて生きられる社会を作るためのものです。大人であるわたしたちが、どのような社会を目指すのか、ひとりひとりがより深く考えていくことを求められているのではないでしょうか。
ピックアップ
子どもたちも大学生になり、自分の子育てはひと段落。保育士として、地域のコーディネーターとして、子育て支援・子ども支援にかかわっています。ゆる~く子育て楽しみましょう!
この記事に不適切な内容が含まれている場合はこちらからご連絡ください。