最寄り駅は永田町駅。近くには赤坂プリンスホテル旧館や国会図書館がある東京都千代田区にある麹町中学校は、公立中学校でありながら大胆な改革を行い、全国から注目されています。2014年に校長として同校に赴任した工藤勇一さんは、「自分の意志を持ち、社会に出ていく人を育てる」という目標を掲げ「当たり前」だとされてきた、学校のさまざまな約束事を変えていきました。生徒の自律性を育てる、麹町中学校の取り組みをご紹介します。
学校の「当たり前」を見直して、改革を推進
工藤先生は2014年に麹町中学校に赴任したとき、教師生活の中でずっと温め続けていた「これからの公教育のあり方」を実践していきました。それは、「学校は、生徒の個性や特性を伸ばし、主体的に学ぶ姿勢を身に着けさせる場であるべき」というものです。そのために、これまで「当たり前」とされてきた三つのことを見直しました。
宿題では「できた」という経験が育めない
学校の「当たり前」のひとつ、宿題。工藤先生が着任した年から少しずつ量を減らしていき、現在はまったく宿題を出さないといいます。宿題は、勉強ができる子にとっては「すでにわかっていることを繰り返す無駄な時間」であり、できない子にとっては「できるところだけやって、わからないところはそのまま」という性質のものになっていることが多いからです。本来、「できなかった問題ができるようになる」という経験が大切なのに、従来の宿題の出し方では、その経験ができないと工藤先生は述べています。
「できないことができるようになる」という経験を生徒にさせるなら、自分で誰かに聞いたり、調べたりして答えにたどり着くという経験ができればいい。ならば、宿題を出さなくてもいいのではないかという考えから、宿題の廃止に踏み切ったそうです。
終わったら忘れてしまう定期テストは不要
各学期の中間・期末テストも数年かけて廃止しました。「できないことができるようになる」という観点で見たとき、有効な方法ではないと工藤先生が考えたからです。多くの生徒はテストで良い点を取るために、直前になって一夜漬けで勉強します。しかし、テストが終わると、勉強したことをすぐに忘れてしまいます。本当なら、テストは生徒が自分の学力を把握し、苦手なところを克服するための目安としなければならないはずなのに……。また、「テストは教員が生徒の成績をつけるために行っているという側面も大きい」と、工藤先生は感じていたといいます。
そこで、自分の学力を把握し、できなかったところをできるようになるための勉強につながるようなスタイルのテストに変えていきました。各教科、ひとつの単元が終わるとテストを行い、授業で学んだことが定着しているか生徒が把握できるようにしたのです。点数が悪ければ希望者は再テストを受けることができ、1回目よりも2回目の点数がアップすれば、成績にも反映される仕組みにしました。年に5回、出題範囲を決めない実力テストも実施されていますが、このテストは成績に反映されません。テストはあくまでも「自分の学力を把握し、さらに向上させていくための材料」という位置づけなのです。
学級担任制を廃止、学年全体で生徒を見守る
多くの学校では「当たり前」の学級担任制も、2018年度に廃止しました。クラス担任が行う「朝の会」や総合学習、道徳の授業は、学年担任団の中で適任者とされた教員がその都度担当することになっています。いわば、学年担当の全教員で各クラスを見守るというスタイルを採用したのです。さらに、個人面談など、教員と個人的に話したい場合は、生徒が希望する教員を選べるようになっています。
固定担任制にすると、クラス内のトラブルや保護者からの要望などが、すべて一人の教員に集中する傾向があります。教員の負担が増えるばかりでなく、「生徒や保護者が、クラスに問題が起こると安易に誰かのせいにするようになってしまう」ことを工藤先生が危惧した面もあります。「誰かのせいにする」ことは、自律性を育てることとは対極にあるものだからです。
「いいクラスに当たるかどうかは担任次第」といった従来の見方は、クラスによって「当たり」「ハズレ」を生徒に感じさせることにつながっていたと工藤先生はいいます。また、一人の教員にクラス運営の負担を課さないことは、学級崩壊のリスクを減らすことにもつながるそうです。学年でクラスの「当たり」「ハズレ」の差が大きいほど、「自分のクラスはハズレ」と感じている生徒が多いクラスで、学級崩壊が起こるリスクが上がる傾向にあるようです。
学級担任制から学年の教員全員で担任をするという方向転換は、教員の負担を減らし、生徒と信頼関係を築き、質の高い指導を実現できるのではと期待されています。
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教育の目標は自律性を身に着けること
大きな改革の根本には、「自分で考え、行動できる」つまり、自律性を生徒に身に着けさせるという大きな目的があります。今の子どもたちが社会へ出ていく頃、今以上にAIは発達し、人間に代わってさまざまな仕事をこなす世の中になるでしょう。そんな社会の中で生きていくには、多くのことを暗記できるような量的な能力ではなく、いかに考え、答えを導き出すかといった「ソフトスキル」を身につけなければならない——それが、工藤先生の考えです。三つの改革以外にも、自律性を身に着けるための仕掛けが麹町中学校にはあります。それが、学校外の人材の活用と、ユニークな修学旅行です。
外部の人材を活用して学校と社会をつなぐ
「学校は社会へと生徒を送り出す場だから、学校と社会はつながっていなければならない」と工藤先生は考えています。そこで、授業のカリキュラムや放課後活動で、大学の研究者や企業の人などと触れ合う機会を企画しました。大手企業の協力を得て、模擬的なインターンシップを実施したり、経営コンサルタントや脳科学者などの専門家に特別講義を行ってもらったりしています。
また、放課後には補習や発展的な学習を目的とした「麹中塾」を開き、大学生に勉強を教わることもできます。
ただの名所見学で終わらせない修学旅行
麹町中学校は、修学旅行も正真正銘の「学びの場」です。大手旅行会社から協力を得て、「生徒がツアー企画を提案するために、旅行で取材を集める」という形をとっているのです。旅行に出発する前には、旅行会社の社員から取材のコツを学び、旅行先で情報収集を行います。旅行後、旅行会社の社員にアドバイスを受けながらパンフレットを制作し、プレゼンテーションを行うことになっています。
はっきりとした目的を持って行う修学旅行に、生徒のモチベーションも上がります。「ただ、名所を訪れて感想文を書くよりも、断然おもしろい!」と評判は上々だそうです。
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企業取材や社史制作をメインに、子供の出産を機に教育や会計などの記事も手がけています。家族は小学生高学年の娘、夫。関心事は教育やライフプランのことなど。「これからの時代を生きるために必要な力って何?」をテーマに、日々考えています。
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